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を人間の目だけが頼りで避けなければならない。最大速力2.5ノットとみなさんの手元のパンフレットには明記されているだろうが、実際には最大1ノット、通常は0.5ノットが潜水船の海底でのスピードである。余計なことかもしれないが1ノットとは時速1,852kmだから、潜水船は人間がゆっくり歩く速度の半分から4分の1程度の速度しか出せないことになる。横浜元町を歩く貴方の奥さんか若しくは恋人とどちらが速いか、そんな感じだ。
ここで考えの深い読者は、海底からの距離を少し離せばスピードはもっと出せるのではと考えるかもしれない。しかし、潜水船には1人しか研究者が乗船できないので、母船できょうの潜水船の帰りを待つ他の研究者のためにも、帰ってからの土産である潜航中のビデオ撮影をおろそかにすることはできない。乗船者の目でははっきり見えている海底の様子もビデオできれいに撮影するには、海底面から1mか1.5m離すことが限度である。そのような理由で、潜水船は決して平らではない海底面を舐めるように等高度を保ち走ることとなる。この作業があるため、潜水船の窓から前方を監視する役目を負ったパイロットは海底での航走中、一時たりとも窓から目を離すことはできないこととなってしまう。もちろん非常に不自然な格好で。
1度潜水船で潜航した方なら分かるが、今後このTVカメラ等ビジュアルな機器の飛躍的な発展(スーパーハープカメラ程度ではまだまだ)がないかぎり、人間が多くのリスクを負って潜航する有人潜水調査船の使命は続くことと思う。乗船者の日ならビデオ映像の数倍いや数十、数百倍の情報を得ることができるのだから。
ここでもう1つ、ビデオカメラでは写らないため、幸運にも潜水調査船に乗船できた人しか見ることのできない物の紹介をしたい。それは、駿河湾など前述のマリンスノーの多い海域の中層で観察される「発光生物」である。海水は電磁波だけでなく、光、太陽光線の減衰も速い。したがって駿河湾などで人間の目で光を感じることのできる深度は300m程度、沖縄やマリアナなど水の非常にきれいな海域でも500m程度が限度である。従ってそれより深い深度ではライトなしでは何も見えないことになる。しかし、そこを少し我慢し真っ暗なまま下降を続けると、目がその暗闇に慣れてくるころ、かすかに水中で光るこれらの「発光生物」が見えてくるだろう。「発光生物」の多い海域ではほんとに素晴らしくきれいで、何度も見ている私でもいつも見とれてしまう。
まだ乗ったことはないので想像だが、宇宙空間を宇宙船に乗りはるか何万光年先から届く星の光のなかを飛んでいるような錯覚に捕らわれる。毛利さんや向井さんにも1度見せたい光景だ。これらの「発光生物」を私たちパイロットはマリンスノーにあやかり「マリンスター」と名付けたが、やはり二番煎じはインパクトが弱いようで、いつも研究者への宣伝活動に励んでいるのだがそれほど有名にはなっていない。個人的には気に入っているのだが……。
このマリンスター、どんな物が光っているのかが気になり、潜水船のライトを点けたり消したりしながら観察したことがあるが結局よく分からない。海中をゆっくり沈降するプランクトンの遺骸すなわちマリンスノーに付着した小さいバクテリアのようなものが光っているのではないだろうか。このマリンスターは潜水船が動くことで周りの海水を動かすような刺激を与えたり、潜航が終わり上昇中、スチルカメラのストロボを点灯すると一段と光りを増すことから、外部がらの刺激を与えると特によく光るのではないかと思う。このマリンスターはみなさんにもぜひお見せしたいものだ。人間というものは意地悪なもので、このようにみんな見ることのできないものは特に宣伝したくなる。あしからず……。
新聞や雑誌の取材を何度か受けたことがあるが、そんなとき必ず受ける質問が「怖い思いをしたことがありませんか?」である。それまで海底の神秘と素晴らしさそして我々の動かす潜水調査船の安全性についてとくとくと説明したつもりなのだが、やはり私のボキャブラリーは貧弱なのであろう。きょうは大サービスで怖い思い出を1つみなさんに教えよう。
それは、もう10年くらい前、私が「しんかい2000」でオペレーションを行っていた頃、現在の「しんかい6500」オペレーションチームの長、井田司令(当時は潜航長)と高知県室戸沖、水深380mの海底に潜航した時である。この海域の海面での潮流は確かに速かったが、それほど特別とは感じず潜航を開始した。水深380mと浅かったのですぐに「しんかい2000」は海底に到着した。しばらく海底を航走していると一面ゴツゴツした岩場の斜面に到着した。その岩場にはほとんどの窪みに1匹ずつ大きなカサゴが入っていた。まるで底質「カサゴ」という状態で、「これはいい磯だ、漁師の人たちに教えてあげたらきっと喜ふぞ」などとのんきなことを私たちは語り合っていた。コースは忘れたがこの岩場の斜面を登る方向に「しんかい2000」を向けた。
ここで潜水船の走り方について、「しんかい2000」「し

 

 

 

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